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日本の民話 上越地方

あぶとかんな   運定めの話

東頚城郡

昔がありましたと。

物貰いが、村へ回って来て、晩方になりました。 泊る所もないので、堂様の中に泊っていました。

夜中に、何かの音で、ふと目がさめました。 遠くからチンチンと鈴の音がきこえて来ました。

はて、何だろうと思っているうちに、鈴の音ば堂様にだんだん近づいて来ました。

その中にカタッ、カタッと馬の歩く音がも聞こえてきました。

鈴の音も馬の音も堂様の前でピタリととまりました。

「さあ村の氏神様 今晩は産屋が出来るがいきましょうかのう」 「これは山の神様、どうも有難うござんす。

せっかくさそってもらったが、あいにく、泊ら客があって、この客人を守らんけばならんすけ、行くことがならん、お前様、行ってよいようにして下ざれ。」

「そうかの。それでは、わしは出かけるとしょう。」 「それから、帰りに是非また寄ってくんなされ。」
それっきり、話し声もやみました。

やがて夜明け方になって、 また、チンチンと鈴の音がして、神神の話し声、が始まりました。 「今、もどりました。」

「それは御苦労様。お前様は、大変長ういなされたの。」 「それが、難産で。」
「そうかいの。どうしました。」 「やっと満足にして来たが。」 「何っ子が生れた。」
「男っ子。」 「年は、いくつで。」「二十二。」 「商売は何だいの。」 「大工。」「寿命は何だいの。」 「あぶとかんなだ。」「それは気の毒なこと。」 そこでまた話し声がやみました。

山の神様と村の氏神様との、不思議な話しを聞いたもんだと、物貰いは思っていました。

そして夜の阜く明けるのを待っていました。
次の朝、下の村へ行って見ますと、昨夜やっぱり男の子が生れた家がありました。

けれども物貰いは、昨夜の事は、誰にも言わずに黙っていました。

それから、その生れた男の子が、丁度二十二の年、物貰いが、この村にまわって来ました。
あの晩に生まれた男っ子はどうしているかと思って、家へ行くと、やっぱり、大工になっていました。

「お前は、今年、いくつになるや。」 「二十二だ。」「そうか。」  物貰いは、いつかの神様の話が気にかかってなりませんが、やっぱり黙っていました。

その年の秋、若い大工が、かんなの歯をといでいた時、あぶが一匹ブーンと飛んで来て、
男の額にとまりました。大工は思わず、かんなの歯を持った手で、あぶをはらいのけましたら、かんなの歯が額にあたって、それで、とうとう死んでしまいました。

解説このお話は昔ばなしですが、人聞は生れる時から、一生の運命がきまっているということです。
昔から運の定めは信じられていて昔話になったものです。
あなたの氏名・生年月日、他に、鑑定に必要な方の生年月日がわかれば、あなたの全てが書いてある
ミッションコードがわかます。 そして、あなたの性格・生き方・今の状況・今後どうしていけばよいかまで、早く、的確にアドバイスができるのです。 正確には生年月日は勿論ですが、生まれた時間が分かれば性格にミッションコードを紐解けるのです。
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東頸城郡(東頚城郡、ひがしくびきぐん)は、新潟県にかつて存在した郡で。人口19,638 人、
面積430.64 km²(2003年現在)。 1878年(明治11年)に制定された郡区町村編制法によって、
旧頸城郡を東頸城郡、中頸城郡、西頸城郡の3つに分割したことにより発足。